グリムエコーズの話をさせてくれよ

 突然だがイワン・ヤーコヴィレヴィチ・ビリービンという人物を知っているだろうか。

 

 帝政ロシアの海軍医の元に生まれ、後に絵本作家として活躍した人物だ。『鷹フィニストの羽根』、『マリヤ・モレヴナ』、または『うるわしのワシリーサ』など、ロシア民話を題材にした彼の美しい挿画と物語は、色彩にこだわった多色刷りの絵本として世に流通し、多くの子供たち、または自らの先祖と同じように物語に親しみたいと願う大人たちに楽しまれた。

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うるわしのワシリーサより


 山や大海原によってこの世から遠く隔てられた理想郷、鷹やカモに身をやつした人間、馬で現れる王子はヒーローで、不思議な魔法の水は命をよみがえらせる働きを持つ。

 もちろん大昔のロシアがそんな魔境だったわけではなく、はるか昔から人々の間で語り継がれてきた物語を、ビリービンが調査収集して読みやすく翻案したのがこの絵本たちだ。西欧文化とはまた少し違った語り口を持つこれらの物語は、必ずや読者をおとぎ話の世界へ誘い込むに違いない………。と思うんですが、今日はそんな話をしに来たわけではありません。スマホゲームの話だかんね、えーやば現代じゃん!

 

 

 リービンの描いた体温まで感じられそうな挿画を眺めるとき、我々はおとぎ話の世界の外で生きていることをかえって自覚してしまう。白雪姫だとか赤ずきんだとか首都警だとかは絵本の中にしか存在しないのだ。
 しかし彼ら、スマートフォンRPG『グリムエコーズ』の登場人物はその限りではない。不思議なことに彼ら彼女らは「メルヘン」と呼ばれるおとぎ話の中で生きている。いや、”生きることを運命づけられて”いるのだ。有名な、それでいてどこか朧なあの物語の中で、生まれたときから役目を負って生きている。歯車やカムが目的意識を持つ事のないように………

 今回唐突にお勧めするゲームはこんな筋書きである。ゲームのレビューとかほぼ初めてだからどのくらい触れていいのかわからない………。面白いので残りはプレイして確かめていただきたい。というか今いいところでストーリー更新が止まってしまっているな。むしろ俺が確かめたいよ。
 メギド72は人からおすすめされて始めたゲームだけど、グリムエコーズはYoutubeで偶然主題歌を聴いた時に興味がわいた。というよりは強く惹きつけられる感覚に近かった。時計の短針が時を刻むようなグロッケン、撥弦楽器の切ない高音、低いエアリード木管の唸るような間奏、そして歌声。これはスマホゲームの主題歌というよりは暗黒中世の旋律だ!みんなも聴け

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 聴いたな? 何度も聴きたくならないか? なんと………ゲームをインストールすると毎回起動時に聴けます。すご~~~い

 

 良く作りこまれたマップ、美しいイラスト、面白いストーリー、良い感じの難易度。挙げようと思えば様々な長所を持つゲームだ。昔ながらに、こだわらない部分もきちんと無難に纏め上げられている。

 だがあえてひとつ紹介するならばフィールドなどで流れる音楽だ。これがめちゃくちゃ良いのだ。それしか言えないけど、ただ敵をハッ倒しながら山上ってるだけでも本当に楽しい。

同じスクエニが作ったゲームに『ファイナルファンタジー クリスタルクロニクル』があるが、あのロバハウスが担当したサウンドトラックをどこか思い出させる音楽の作り方がされている。さらに余計なことを言うと3D俯瞰視線でキャラクターを操作しながら戦闘するシステムも似てる。血は争えないねえ?(厄介な身内のおばさんのイントネーション)

 ちなみに個人的嗜好から若干残念に思うこともある。グリムエコーズの世界は、あのクリスタルクロニクルのようなあの濃厚な土の香りを纏ってはいない。だがそれは、この物語が、ページの余白にシミの無いよう、湿気を吸って歪まぬよう、大切にされてきた事のあかしかもしれない。

 童話とはそういうものだ。現実の法則とは異なるものが、終わることのない童話の世界を動かしているのだろう。それはなにか?このゲームをプレイしていけば、どこかのページで答えを見つけられるかもしれない。

 

 

 びビリービンの話に触れたい。イワン・ヤーコヴィレヴィチ・ビリービンはサンクトぺテルブルクに生まれ、絵本やデザイン、絵画の分野で功績をあげたのち、革命動乱期を地中海を囲む海外で過ごした。
 しかしあのなめらかな線で構成された豊かさのある画風は変化し、どんどんとイコン(聖像画)の影響が強く、硬くなっていく。やがて創作に行き詰りを感じたのか、ビリービンは1936年、ソビエト連邦へ名前を変えた母国へと帰国する。「君以外のだれかに」はなれなかった、ということなのだろうか。サンクトペテルブルクレニングラードへと名を変えていたが、そこで教師として働きつつ、また変わらずにロシア民話に取り組み続けたらしい。
 そして第二次世界大戦のさなか、レニングラードはドイツ軍のあの苛烈な包囲にさらされる。まだ文明の夜明けやらぬ時代、外敵からキエフ公国を守った勇士たちの絵を手元に残し、餓死する。1942年の出来事だ。
 ビリービンにとってロシア民話とは、童話とは、メルヘンとはどんなものだったのだろうか。最初に出したロシア民話のシリーズでは、その地のいにしえの人びとに対する興味と関心の結晶だったかもしれない。『金の鶏の物語』で行われているのは帝政への風刺だ。これは現状に立ち向かうという意志の表れだったのかもしれない。では最後、あのレニングラードの極寒の中で描かれた勇士たちの叙事詩は? 強く、ただただひたむきな、この現実の凍える都市を救いたいという思いだったのではないだろうか、と感じる。たとえそれがどんなに無意味な物であっても、きっと願わずにはいられなかったのだろう。

 それ以上のことはわからない。全ては「おしまいのあと」という訳だ。だが、彼の読者や民話に対するまなざしは、後の創作者たちに確実に継承され、未だに世界を豊かにしていることもまた間違いない。例えばあの宮崎駿だって影響を受けているのだから。

 スマートフォンRPG『グリムエコーズ』は、時として残酷な面を見せる物語に囚われながらも、あきらめず、抗いたいと願った人々の物語である。彼らの旅路の果てに、いつか読み聞かせてもらったあの童話のような、幸せな結末が待っているのだろうか?
 今現在、読み手の前に綴られた物語はまだまだ途中であるらしい。はじめからゆっくりとページを手繰っても、充分追いつく段階だ。ぜひプレイしてみてはいかがだろうか。